2010-08-11

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あの瞬間には銃を構え引き金を引く動作が、すばやく流れるように連続していたが、殺意というほどのものはかすかであった。それはあとから銃口の縁へ流れ出た一条の黒い煙ほどのものですらなかった。
銃弾がたしかに何かを代理した。はじめから彼は雉子を射とうと思って山へ入ったのではないが、銃が或るまばゆい機会を黙過しなかったのだ。

三島由紀夫「豊饒の海・奔馬」

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