僕「納得できることなら改革を手伝ってもよい、と言いたいが、実は俺にはその元気はない。皆羨ましい限りだ。俺は何にもつまらない。」
松柳「その感じはよく分る」
僕「分らない。君には分らない。それが君の良いところだ」
松柳「俺は君の才能に感心している」
僕「俺に何の才能があるというのか」
松柳「何だかわからないが、とにかく才能が君にはある」
僕「俺に才能があるなんてどうして君に分るか。そんなことは俺にも分りはしない。またあったとしても、そんなことが何になると言うのだ。自分によく分らぬものを買いかぶってはいけない。俺のような人間より、君の方がはるかに立派な人間だ」
松柳「尊敬する人に心酔するのは俺の勝手だ」
僕「そんならよろしい。俺は何にも言わない。ただ俺はもともと冷淡で、軽薄で、ウソばっかりついている人間だ。まじめにつき合っていると馬鹿を見る、失望する、腹が立つ。将来それが気の毒だから、今断っておく」
松柳「君は怒っているのか」
僕「どうして?俺はかつて怒ったことはない。心から泣いたこともない。腹の底から笑ったこともない。君は非常によくかん違いする。かん違いしては、怒ったり嬉しがったりしている。しかし、それを今君に説明することはできない。また無駄である。そしてそのかん違いこそ君が俺より優れている点だから。・・・」
松柳「君の言葉は分らない」
僕「分らなくてもよろしい。言いたいことは色々あるが、言って見ても仕方がない」
松柳「なぜ言わないか」
僕「それが俺の主義である。この俺の主義が賢明か、高田達の熱が美しいか、それは未来が説明する。まだこの世の経験を自身で持たない俺達は、書物の智恵で軽々それを判断することは出来ない。
改革もよろしい、粛清もよろしい。ただ、ほんとに静かで平和で善良な学生の横っ面をいきなり打つようなことは遠慮願いたい。勿論、俺のことではない。一番尊むべき弱者に代って断っておくのだ」
(s20.5.16)
山田風太郎「戦中派不戦日記」
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