兆民のいわゆる「口の人、手の人」―事務的才能ある者のみを重用し、目先に銭のころがっているのが見える学問でなければこれを迂遠としてないがしろにした日本人の小利口さが―天空から眼を離さない夢想家や、電子の回転を凝視する天才、すなわち「脳の人」を土芥のごとく棄てて顧みなかった日本人の小才が、いまの最後の審判にも比すべき業苦を招来したのである。
ついでながら、過去の日本の教育に関して、もう一つ痛恨の念に耐えないのは、それが各自の個性を尊重しなかった点である。頭を出せばこれを打つ。少し異なった道へ歩もうとすればこれを追い返す。かくて個人個人には全く独立独特の筋金の入らないドングリの大群のごとき日本人が鋳出された。
(s20.8.14)
山田風太郎「戦中派不戦日記」
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