ほかの人々もみな知らん顔をして窓から外を見ている。しかし、心の中まで冷々水のごとしといった顔は一つもなかった。
助けてやろうにも、みな自分のことに追われているのだ。(勿論、これは弁解の気持もある。しかし、十円持っている人で乞食に五円やるのは神様の心を持った人に限る。普通人は百円持っていなければ、五円人に与える余裕が出て来ない。そして今は誰も十円しか持っていない時勢なのだ)こういう経験をしながら、黙って傍観していなければならぬという記憶は、重なるにつれて人々の心を、ほんとに冷酷なものにしてしまうであろう。
(s20.12.9)
山田風太郎「戦中派不戦日記」
0 件のコメント:
コメントを投稿