2010-08-20

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高貴な手であることを自ら意識している手だから、指尖(ゆびさき)も不遜で倦気(たゆたげ)で、何か超越的なものにしか馴染まないと自覚している手だから、この世の物象をつかもうとはせず、手が何か虚空に用のあるようなふりをしている。祈りの手ほど謙虚ではなく、見えないものを愛撫しようと志している手。宇宙を愛撫するためにだけ使われる手があるとすれば、それは自瀆者の手だ。

星や月や海にだけ触れようとして、日常の用がおろそかになっているこんな美しい手・・・(略)

三島由紀夫「豊饒の海・天人五衰」

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