2010-08-25

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自分の過度の明晰を慰めるには、他人の狂気が必要だった。そこにたしかに透の目に見えているもの、たとえば雲とか船とか、古い陰鬱な本多邸の玄関とか、勉強部屋の壁に試験の当日までの自習課目がびっしり書き込まれて貼ってある予定表とかが、透のこれほどの明晰な確認を裏切って、ほかの何ものかに見えてしまうような目の持主を、傍らに引きつけておくことは必要だった。

三島由紀夫「豊饒の海・天人五衰」

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