2010-08-26

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僕はこの世へ生れてきたとたんに、僕という存在自体が背理だということを知ってしまったらしい。僕は欠如を負うて生れたのではない。この世にありえないほど完璧な人間の、しかも陰画(ネガティヴ)として生れたのだ。ところでこの世は不完全な人間の陽画(ポジティヴ)に充ちている。誰かの手が僕を現像したら、かれらにとってはそれこそ大へんなことになる。僕に対する恐怖はそこから生じるのだ。

三島由紀夫「豊饒の海・天人五衰」

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