2010-08-25

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人生をまじめに厳粛に考えたりする年齢を、本多は夙うに通りすぎていた。どんな邪悪な戯れもゆるされる年齢である。他人をどれほど犠牲にしても、近づく死がすべてを償ってくれる。若さをおもちゃにし、人間を土偶と見、世間のしきたりをすっかり味方につけて、あらゆる誠実を一夕の夕焼雲の戯れに化してしまうことのできる年齢である。
他人などは何者でもない、と一旦心に決めると、誘惑に屈することが、今では使命のように思われた。

三島由紀夫「豊饒の海・天人五衰」

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