2010-08-27

425

しかし苦痛が精神的なものか肉体的なものか、そこに本多はもう区別すべき何ものもないという風に感じだしていた。精神的屈辱と摂護腺肥大との間に何のちがいがあろう。或る鋭い悲しみと肺炎の胸痛との間に何のちがいがあろう。老いは正(まさ)しく精神と肉体の双方の病気だったが、老い自体が不治の病だというに等しく、しかもそれは何ら存在論的な哲学的な病ではなくて、われわれの肉体そのものが病であり、潜在的な死なのであった。

三島由紀夫「豊饒の海・天人五衰」

0 件のコメント:

コメントを投稿