2010-08-27

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理智よりも肉体の異様な脱落感が、理性よりも内臓の鈍痛が、分析力よりも食欲不振が、いかに世界を包括的に眺めさせるかを本多は覚った。澄み切った理智の見る精緻な建築のような世界に、得体の知れぬ背中の痛みを一つ加えただけで、みるみる柱や穹窿には亀裂を生じ、堅い石材と信じていたものが軟質のキルクになり、堅固な形態と思われたものが不定形の粘液質の塊りになった。

三島由紀夫「豊饒の海・天人五衰」

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