2011-11-01

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創作にとりかかると不安でならなくなり、自分が空っぽで拠り所がなくなるやうな気がします。ニイチエのいはゆる「与へる太陽の寂しさ」でせうか。享けるといふ幸福が大へん遠いもののやうな気がするのです。孤独をさへほんの一瞬間しか愛してゐることができません。不安な寂しさで居てもたつてもゐられません。友人を待ちます。友人は来ません。自分の腕が誰かを抱くやうに出来てゐるのを、心底から呪はしく感じます。私は手を失くしたいと思ひます。触手を喪ひたいと思ひます。かういふ状態で、お目にかかるのは到底耐へられないことです。貴下は一息で私の焔を吹き消しておしまひになるでせう。
では妄言おゆるし下さい。何卒御身御大切に。

『川端康成・三島由紀夫 往復書簡』
(S21.3.3 三島→川端)

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