2012-02-28

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あんなちっぽけな生命の消えたことが、こうも信じられないほど、わたしを苦しめる。……もちろん、ある生き物の願望を――こおろぎの願望さえも――考えつづける習慣が、知らず識らずのうちに、ある種の夢みるような関心、関係が切れてはじめてそれと気づく一種の愛情を、生んだのであろう。そのうえ、夜の沈黙(しじま)にあって、その精妙な声の魅力を――まるで神の恩寵にすがるかのように、わたしの意志と利己的な喜びにすがりついている一つの小さな命が語るものを――しかも、小さな籠にいる微小な魂と、わたしの内なる微小な魂とが、実在の広大な深淵にあって永遠に同一のものであると、わたしに語るものを――しみじみと感じたのである。
(「草ひばり」)

『小泉八雲集』上田和夫訳

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