2012-04-05

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弘法大師はまた、京の御所の皇嘉門の額を書いた。ところが、その門の近くに、紀百枝(きのももえ)という男が棲んでいた。そして、弘法大師の書いた文字をあざけって、その一字を指さし、「なんだ、ふんぞり返っている相撲とりみたいだな!」といった。しかしその夜、百枝の夢に、相撲とりがあらわれ、枕もとに立つと、彼におどりかかり、げんこつでなぐりつづけた。その痛さのあまり泣きだし、目をさまして見ると、相撲とりは空中にのぼって、百枝がさきほど嗤(わら)った文字のかたちに変り、門の額へもどって行った。
(「弘法大師の書」)

『小泉八雲集』上田和夫訳

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