2010-05-25

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今になってみると、自分にしても、すべてを「運命」にかけて、連日連夜爆撃の東京に平然と住んでいたことが不思議である。凡らく夢中だったのであろう。もっとも人間というものは、熱中していた過去を振返ってみると、それがいかに冷静な判断の中に動いていたつもりであっても、後ではまるで「夢中だった」ように感ずるものである。実際過去は、いまその連続で自分がここにいるという自覚を除いたら、すべては夢である。
(s20.9.2)

山田風太郎「戦中派不戦日記」

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