2010-08-25

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「・・・ところが愕く勿れ、猫は何もしなかったのだ。すぐ忘れてしまって、顔を洗いはじめ、それから寝ころんで、眠りに落ちた。彼は猫であることに充ち足り、しかも猫であることを意識さえしていなかった。そしてこの完全にだらけた昼寝の怠惰のなかで、猫は、鼠があれほどまでに熱烈に夢みた他者にらくらくとなった。猫は何でもありえた、すなわち偸安(とうあん)により自己満足により無意識によって。眠っている猫の上には、青空がひらけ、美しい雲が流れた。風が猫の香気を世界に伝え、なまぐさい寝息が音楽のように瀰漫した・・・・・・」

三島由紀夫「豊饒の海・天人五衰」

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