2010-10-26

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しとしとと降る雨の中を、かすかに匂ってゐる菜種のやうで、げにやさしくも濃やかなる情緒がそこにある。ああ婦人!婦人の側らに坐ってゐるとき、私の思惟は湿ほひにぬれ、胸はなまめかしい香水の匂ひにひたる。げに婦人は生活の窓にふる雨のやうなものだ。そこに窓の硝子を距てて雨景をみる。けぶれる柳の情緒ある世界をみる。ああ婦人は空にふる雨の点々、しめやかな音楽のめろぢいのやうなものだ。
(「婦人と雨」より)

「萩原朔太郎詩集」河上徹太郎編

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