2011-09-24

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「殿御は、蛸じゃ」
「蛸?」
ここにいたって、薫もあっけにとられて、口もきけなくなってしまった。が、老人の黒い頬には妖しい血潮のいろがさし、眼はむしろ森厳のひかりをおびて彼女を見すえていた。
「大きな蛸が、はだかのお前を可愛がっておる図柄じゃ。八本の足でお前の足をひらき、胴にまきつき、乳房をおさえ、口を吸っておるのじゃよ。どうじゃ?気にいったろう?」
気にいるどころのさわぎではない。いかにも北斎らしく、奇警論を絶する着想だが、
「まあ」
「お前は蛸の化物に魅込まれるほど美しいぞ。よろこべ」
(「怪異投込寺」)

山田風太郎『女人国(ありんすこく)伝奇』

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