彼はひとりで庭へ出て、枯れた木の前に深く頭を垂れ、木にむかっていった、「どうか、お願いする、もう一度、花を咲かせてくれ――お前の身代りにわしは死ぬから」(人は、神仏の恵みによって、ほかの人間や、動物や、木にすら、自分の生命をほんとうにやることができる、と信じられているからである――だから、生命を移すことを、「身代りに立つ」という言葉で表現するのである)。それから木の下に、白い布と、何枚かのおおいを敷き、その上にすわり、侍の作法にしたがって腹切りをおこなった。それで、その人の魂は木に乗り移って、たちまち花を咲かせた。
こうして、一月十六日、雪の季節に毎年、花を咲かせるのである。
(「十六ざくら」)
『小泉八雲集』上田和夫訳
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