こんなふうに、たった一度しか耳にしない声に魅せられるのは、それがこの世のものではないからである。それは、無数の忘却の淵にある生のものだ。もちろん、まったく同じ性質をもった二つの声などあろうはずもない。ところが、愛情から出た言葉には、全人類、幾百億の声に共通する優しい音色がある。(略)だからこそ、極東のこの町の、一人の盲女の歌が、一西洋人のこころに、個人的存在よりもっと深い感情を――忘れられた不幸のばくぜんと口にできない悲哀を――記憶にとどめえない遠い時代のおぼろげな愛の衝動を、よみがえらせるのであろう。死者は、まったく死ぬことはない。疲れた心臓と忙しい頭脳のまっ暗な部屋に、彼らは眠っている――そして、ごくまれに、彼らの過去を呼びもどす何ものかの声のこだまによって、目ざめるのである。
(「門付け」)
『小泉八雲集』上田和夫訳
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